涙のイリュージョン
「イリュージョン」を読み終えて、
余韻にひたりながら地下鉄のホームを歩いていると、
1人の女性が立っていた。
今にも泣き出しそうな、思いつめた表情に、
なぜか吸い寄せられるように近づいた。
目が合った瞬間、彼女の目から大粒の涙がこぼれた。
じっと私を見つめたまま。
彼女に何があったのか、彼女は誰なのか、私は知らない。
ただ、ことばはいらないと思った。
無言で、示し合わせたようにホームのベンチまで下がって、
一緒に座った。
しばらくの間、ただただ黙って座っていた。
ゆっくりと、呼吸に意識を向けながら。
しばらくすると、意識からす~っともやが消えた。
その瞬間、うつむいて泣いていた彼女も顔を上げて、
にっこり微笑んだ。
少しはにかんだ表情の、とても美しい笑顔。
その瞳の奥に、何か確信に満ちたものを感じた。
「もう大丈夫ですね。」
自然に、私の口から出たことば。
彼女は深くうなずいて、ホームに入ってきた電車に乗った。
彼女を見送りながら、この体験は何だろう?と思った。
夢を見ていたような感覚。
幻覚のような、まぎれもない現実。
「イリュージョン」を読んで起こった、
私にとってのイリュージョン。
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