意識は幻想
昨日、契約しているナレッジサロンで
慶應義塾大学の前野隆司教授の講演が
開かれていたので、
何の予備知識もないまま聴講する。
写真は撮り放題(^^)でした。
前野先生は、
自説の「受動意識仮説」とブッダの教えを対比して、
意識と無意識をおもしろく解説される。
私たちが「意識」と思っているものは
「幻想」らしい。
自分で意思決定していると思いたいけれど、
実は、無意識下で情報処理が行われた結果を、
自分が決定したかのように幻想体験し、
エピソードとして記憶している。
身体に命令を出すピラミッド型の司令塔ではなく、
情報を受け取ってまとめる社史編さん室らしい。
にわかにピンとこないけれど、
これは、右脳と左脳が分離した患者への実験で
実証されているという。
先生は、
無意識の反応に従っているだけなので、
「私」は存在せず、
「私は既に死んでいる」とまでおっしゃる。
だから、生かされていることがありがたく、
なんとかなる、やってみよう、というのが
「幸せのメカニズム」の背景らしい。
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だとすると、
経営者やリーダーに求められる決断力は、
無意識の信号の情報処理能力なのかなぁ。
それなら、不測の事態に直面しても、
高速で類似パターンを検索できるAIのほうが、
適性が高くなってしまう?
人って何?
私って何? あ・・・存在しないのか。
でも、今、私が私と思ってるものは何?
誰が、何が、私(?)を動かしているの?
いろいろ考えて(考える・・・も幻想?)
このブログを書いているのは、誰?何?
わけがわからないけれど、興味深い世界。
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